![]() かつて親しかった人の言動に傷つく自分がいる。 かつて、その人から発せられた「私の言動に対する、その人の受け取ったマイナスのメッセージ」に関係することを、今、その人が親しくしている人とは、屈託なく、親しげにやりとりしているのを垣間見ると、己の罪業ゆえに、今、自分がいる立場を、嫌というほど思い知らされて、古傷がうずく。 いや、古傷というより、意識していなかっただけで、深い傷があったんだということを思い知らされる。 とある集まりに、私が参加しても良いかどうか尋ねたとき。 私は、そこに集まる人たちのような、地位も見識もない自分では、参加を断られる可能性があると思って聞いたのだが・・・ 返ってきた言葉は、私とその人が親しかったことを知られるとまずい人が、中心人物として参加する会だから、もし私が参加するなら、発起人の一人であるその人が、何らかの理由をつけてドタキャンするというものだった。 そんなことは本意ではないので、私の参加申し出は潔く引き下げた。 ・・・潔く引き下げたのだが、私の存在が、今のその人にとっては、世間から隠さねばならないものなんだと宣告されたような気がして、実のところ、深く傷ついている自分に気づく。 そうやって、その人との、わずかな接点において、今でも傷つく自分がいるなら、思い切って、離れれば良いだけなのだが・・・それもできない自分がいる。 かつて、その人のほうが、私の言動に傷ついたと言われた。 私が、その人を傷つける言動を取ったと言われる象徴的な「もの」を、今、その人が親しい人に、気前よくプレゼントしている。 そして、それをもらった人が、屈託なくお礼を言っているのを見聞きすると、「もらって嬉しいのか、迷惑だったのか、お礼のメールもなくて、余計なことをしたと後悔した」と言われたことが蘇り、自分の表現の足りなさ加減を、暗に非難されているような気持になってしまう自分がいる。 もちろん、もらったときに、とっても嬉しくて、お礼を言ったはずなのだが、その人は、後日の感想のお礼メールがなかったことに傷ついたというのである。 いま、Twitterで交わされているお礼のやり取りを見ていると、その人が欲したリアクションが何であったのか良くわかる。 だが、当時、それが私にできたかというと・・・たぶん出来なかったであろう。 それは、やはり、私の性格の問題かもしれない。 いただいたものを、自分では、とても大事に抱きしめて、抱え込んでいても、その気持ちを、相手に伝えないといけないという意識が、たぶんなかったのだと思う。 「あなたを丸ごと受け止めよう」と言ってくれているのだから、そんな私が私なんだということも、当然のように受け止めてくれると信じ込んでいたがゆえの、ある種、傲慢さがあったように思う。 いくら自分が大事にしていても、そのことを表に出さなければ相手には伝わらない。 それは事実だ。 だが、相手から、そういった「明白なもの」を受け取らないと、大事にしてくれていないとか、喜んでくれていないと思うとは、そのころの私にはわからなかった。 たぶん、私自身は、そういったもの(ある種の見返り)を求めていなかったからだろう。 関係が悪化(というか、その人が、一方的に私との関係を維持できなくなったように私には思えるが)していった頃、それまでの、いろんなシーンで、その人が私の言動に傷ついたことを、あれもこれもと発するようになった。 その人が発するようになったとき、それまで私はじっと抱えて抱きしめていた私自身が受け取った「悲しかった出来事」を、その人に伝えたが、それを言うと、その人からは怒りの感情が発せられた。 「そのときに言ってくれればいいことを、いまさら、ずっと悲しかったと言われても、そんなことは自分は知らなかった」と言われたように思う。 それって、お互い様なんじゃないかと私は思ったが、どうもそうではないらしい。 たぶん、プラスのメッセージを明に受け取りたいという渇望を抱えていた、その人と、 そういう渇望を持たない私との差が生んだトラブルなのだろう。 私から、いっぱいのプラスのメッセージを受け取りたかった、その人のことはわかるような気がする。 「わかるわ」とか「理解できるわ」という言葉が、どれだけ危険なものか知っている。 あれこれと諍いが生じた後、しばらくすると、いろんなことが見えてきたように思う。 見えたところで、壊れてしまった関係性は修復できるものではないのだが。 その後、その人とは、どう表現したらいいのかわからない関係で、まだ完全に切れたわけではない形で、すでに数年が過ぎている。 そして、いまだに私は、当時の悲しみから、完全には脱していない。 脱していないというか、おそらく、その悲しみを手放すことができないでいるのであろう。 だから、傷つきながらも、その人の様子を、垣間見ながら、日々を過ごしている。 自分でも、困った悪癖だと思いつつ。 ![]() 人とうまくコミュニケーションが取れない自分がいる。 たぶん、自分のことを語ることが第一になってしまうことが その大きなひとつの原因なのだろう。 それと、人に頼ることが下手で、なんでも自分ひとりでやろうとする。 その結果、本来であれば、相談しながら進めないといけない人に対して、 相談したり、報告することを怠ってしまうのであろう。 人との関係性のトラブルの原因として、あれこれ考え付くことは多い。 だがしかし、それが本質的な問題なのであろうか・・・ 誰かと摩擦が起きたとき、退避する自分がいる。 退くのである。ただ、黙って。 そして、閉じこもる。 なにもかもが、嫌になり、どうでもよくなり、放置する。 それでは、摩擦を起こした相手と、関係性を修復することはできない。 でも、それでもいいや、と思ってしまう自分がいる。 なんでそうなるかというと、相手が自分に愛想尽かしをしたであろうと、 勝手に思い込むのかもしれない。 相手が、自分に対して発してくれた(かもしれない)メッセージも、 書いてある内容が推測できるだけに、読みたくなくなる。 そして、読まないまま、放置する。 後は、自分だけの世界に引きこもって、自分を哀れむだけである。 これでは、他人との関わりの中で生きていくことはできない。 そう、そんなとき、どんな気持ちなのかというと、 「ああ、やはり、私は社会に出て人と交わってはいけなかったんだ」 みたいな感じなのである。 自分だけの世界で生きていれば、傷つくこともない。 人に嫌な思いをさせることもない。 寂しいかもしれないが、平和ではある。 それで良い、と思って、長い間、生きてきた。 だけど、この人とは、分かり合って生きていきたい、 と思う人に出会ったとき、世界は変わった。 しかし、やはり、その人ともコミュニケーションがうまく取れなかった。 その人の、あれこれの言葉に傷ついた。 怒りを感じて、怯んだ。 哀しくなって、心を閉ざした。 感情に蓋をして、センサーを閉じた。 もう、その人と関係性を修復しようと思わないほうが良いのかもしれない。 「ふつう」に付き合っていけるかな、と油断すると、大きな失敗をやらかす。 そして、また、相手を疲弊させる。 そんな繰り返しに、疲れてきた。 そうすると、「もういいや」という声が、ゾロ聞こえてくる。 そんな最近。 でも、世界が死んでいるような感覚に包まれているのも確か。 今までは、「それでも、私には、この世界がある」と言えたものでさえ、 今では、とても色褪せた世界に見える。 これは、初めての体感。 それに、戸惑っている最近の私である。 ![]() ユカリューシャこと斎藤友佳理。 東京バレエ団のプリマ・バレリーナであり、“日本のマリー・タリオーニ”と称されたロマンティック・バレエを得意とするダンサーである。 3月19日、彼女の平成16年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞を記念した公演第2弾「ユカリューシャ-Ⅱ ジゼル」横浜公演を観てきました。 1996年12月17日の「くるみ割り人形」の舞台で転倒し、靱帯断裂というアクシデントから奇跡の復活を遂げた1999年の復帰公演も「ジゼル」であった。 ぎりぎりまで追い詰められた精神状態が引き起こした、バレエ人生が終わりを告げてもおかしくないほどの大怪我。その試練を乗り越えた彼女は、踊ることの歓び、幸せを噛み締めているようであった。 表情ひとつひとつに意味を持たせ、パのひとつひとつに想いを乗せて、ジゼルを踊っていた。 そこには、精神的にゆとりのある、神々しいまでに澄みきった魂と肉体があった。 怪我とそこからの復帰に関しては、彼女の著作「ユカリューシャ」(世界文化社)に詳しく書かれているのでここで触れることは避けようと思う。 ユカリューシャの素晴らしい舞台。 でも、今日は別な視点で述べてみようと思う。 それは、今回初めて観る、井脇幸江さんのバチルド姫についてである。 ジゼルのあらすじを簡単に記すと、公爵の息子アルブレヒトは、婚約者のバチルド姫がいながら、身分を隠して、村娘のジゼルと愛し合う。しかし、狩の最中、ジゼルの家で休憩をしていたとき、ジゼルを愛している猟師のヒラリオンによって、アルブレヒトの身分、バチルド姫という婚約者の存在を知ったジゼルは、狂気の中、死んでしまう。 この地方には、結婚を知らずに死んだ娘は、死後、ウィリーとなって夜中に森に入り込んだ若者を死に至らしめるという伝説がある。後悔の念を抱きつつ、ジゼルの墓を訪れたヒラリオンはウィリーたちの手によって湖に身を投げて死んでしまう。しかし、アルブレヒトはジゼルの守りによって、踊り続け、夜明けの鐘とともに命を助かるのである。そして、アルブレヒトはジゼルの真の愛を知り、深い悲しみに暮れて幕は下りる。 アルブレヒトの解釈などによって、幾つかの演出はあるが、だいたいはこんなあらすじである。 こういった話の展開において、バチルド姫というのは、ジゼルを死に至らしめるきっかけとして登場する役回りである。たいがいの演出では、「なんか、おかしなことになりそうだ」と分かった瞬間に、関わることを避けて、さっさと退場してしまう。 しかし、昨日の井脇さんのバチルド姫は、かなり最後まで舞台にいた。 そして、目を背けたかと思うと、振り返って狂乱しているジゼルと、そのジゼルをなすすべもなく見ているアルブレヒトを、じっと見つめていたのです。 井脇さんのバチルド姫、綺麗でしたよ。カラボスの冷たさを内に秘めて、怖いような美しさでした。 普段は、意志を感じないバチルド姫ですが、昨日の井脇さんは何らかの明確な意思を持って、ジゼル最後の場面を見ていたように感じました。 アルブレヒトの解釈が、いまひとつ明確でなかったのは残念です。 しかし、ジゼルが死んだあと、バチルド姫とアルブレヒトはどんな人生を送るのだろうかと考えてしまいました。 お互いに貴族ですから、こんな事件は「若気の至り」で済ませて、何事もなかったかのように結婚するのかもしれません。 でも、あの井脇さんの眼差しを見てしまったものとしては、彼女は一生、アルブレヒトに対して心を開かない(開けない)だろうなと思うのです。 ましてや、ジゼルに守られて、ウィリーの死の儀式から生還したアルブレヒトは、きっと一生ジゼルの愛を抱き続けるでしょうから。 死んでしまった相手と闘うことはできない。 それに対して、生きているものは無力である。 確かに、生きているからこそ、暖めてあげること、心の交流を深めていくことは出来る。 でも、死んでしまった人との思い出を変えることは不可能に思えた。 あのとき、ジゼルとアルブレヒトを眺めつつ、井脇さんのバチルド姫は、これからの自分の一生をある意味で覚悟していたような気がするのです。その想いは、おそらく誰にも話されることなく終わるであろう、彼女の貴族の娘としてのプライドとともに。 この物語の登場人物の中で、一番幸せなのはヒラリオンかもしれない。 彼は、死んでしまうことで、ジゼルへの愛だけを抱いてあの世にいける。それ以降の苦しみを知らない世界へと旅立てた。 アルブレヒトは、ジゼルに対する愛と後悔を抱えつつ、それでも公爵の息子としての義務を果たすためのバチルド姫と結婚するでしょう。 起きた事件の顛末を知っていて、なおかつ貴族の娘に生まれ、公爵家に嫁いできた責務はきちんとこなす、でも、アルブレヒトが自分を愛していないことを知っているバチルド姫が、彼に対して心を開くことがないことも知っている。 こうして、成就することのない愛を始めてしまったことのすべてを引き受けて、アルブレヒトは死ぬことも許されず、生きていかなければならない。 果たして、彼を守り続けたジゼルの行為は、アルブレヒトにとって、幸せだったのかどうなのか。 ある意味、こうすることで、ジゼルはアルブレヒトを永遠に自分のものに出来たのかもしれない。 そんな風に考えてしまった昨日のジゼルでした。 2006.03.20 人気blogランキングへ ![]() エニアグラムというものをご存知だろうか。 人が生まれながらに持っている気質は9つに分類されると言う。 エニアグラム 9つの性格 その中のどれか一つが自分に当てはまる。 ここでは、詳しいことは省略するが、エニアグラムについて書かれた本や、 ワークショップに参加して学んで欲しい。 私は、「タイプ4」の気質を持っている。 このことを知ったのは、2002年8月のことである。 友人に言わせると、それ以降、私は「タイプ4を生きてきた」そうだ。 それはさておき、エニアグラムを学んで、自分が自然と起こす反応が、 他のタイプの人には起きないということを知った。 つまり、「私の常識は、他人の非常識」なのである。 まあ、人と人との軋轢の大半は、この「人は自分と違う」ということを 知らないがゆえに起きると言っても過言ではない。 しかし、「人は自分とは違う」と知ったからといって、 それだけでコミュニケーションが劇的に改善するわけではない。 私の場合、知ったがゆえに、親しい人との間での摩擦が大きくなった。 それを称して、友人は「あなたはタイプ4を生きている」と言うのである。 エニアグラムを学んで、自分がどういう特性を持っているか、 ということはずいぶんと分かるようになった。 でも、いい方向に変化したいという願いとは裏腹に、 ちょっと油断すると、簡単に悪い方に転がり落ちる。 まだまだ、エニアグラムを学び続ける必要を痛感する。 ここ数年間の私は、自分がいかに人とコミュニケーションが 取れないかということを嫌と言うほど味わってきた。 2006.02.02(木) 人気blogランキングへ ![]() 私には、大切な友人がいます。仮にMさんとします。 私がとても苦しかったとき、Mさんと再会しました。 そして、私を暗黒の世界から抜け出させてくれました。 Mさんは、私の話を聴き、そっと手を握り、ぬくもりをくれました。 ときに気分転換も兼ねて、お散歩に連れ出してくれて、 2人で自然の四季の移り変わりを再発見しました。 四季の移り変わりなど気付かないで過ごした10年余りだったと、 苦しかった時代が、いかに異常だったか、やっと自分で納得しました。 Mさんは、そんな感じで、ずっと私を支え、励まし、暖かく見守ってくれました。 でも、ここ数年、そのMさんとコミュニケーションできないのです。 お互いの思考回路、自然と取ってしまう反応、どうしても駄目な反応、・・・ そんなものが、まるで正反対だと分かってきたのです。 分かったからといって、おいそれとお互いが変われるわけでもなく、 お互いに努力はするものの、それがむしろ仇となり、悪化する。 コミュニケーションが取れない原因の大半が自分にあること。 それは認識しているのです。 それでも、なかなか変われません。 お互いが、とても相手を大切に思っているのに、 親しくなれば親しくなるだけ、摩擦は大きくなっていきます。 かと言って、「じゃあ、さよなら」と別れたくはない。 別れたくないから、お互いに苦しみ、もがく。 どうしたらいいのだろう・・・ 自分がMさんに依存していることは認識しているのです。 自立しようとあれこれ頑張ってきました。 それでも、忘れた頃に、私はMさんに爆弾を投げます。 投げた私も返り討ちに会い、お互い血だらけになって傷つきます。 それでも、Mさんとの関係を壊したくない。 苦しい、苦しい、苦しい。 悲しい、悲しい、・・・哀しい。 そんな最近の私です。 2006.02.02(木) 人気blogランキングへ ![]() ![]() 新年あけましておめでとうございます。 年が明けてから、だいぶ日にちも経ち、すっかり日常に戻ってしまいましたが、 今年初めてのアップなので、まずはご挨拶から。 新春が、松の内で終わらず、ちょっと長く感じるようになったのは、 やはり成人式が第2月曜日になったせいでしょうか。 そんな成人の日に、一風変わったコンサートに行ってきました。 それは、「ピアニストと俳優による異文化のコラボレーション」でした。 「一期一会 ピアノと語りの世界 音楽と言葉の奏でる一つの世界をあなたに・・・」 ピアニスト:岩崎 能子 俳 優 :森山 太 プログラムからお二人のメッセージを抜粋させていただきます。 「ピアニストと俳優で、 一体何ができるのだろう、何がやれるのだろうか、と 我々もずいぶん悩み、また考えました。 しかし、答えはどこにもありませんでした。 大切なのは、 お客様に何を感じてもらうのか、 いかにお客様に伝えるか、 そのために我々は何ができるのか、 という気持ちだと思うのです。 だから。 皆様と共有できるこの時間が、我々にとっては何よりのご褒美なんです。」 このメッセージを読んで、客席にいる私は、 「だとしたら、お二人が私たちに伝えてくださるものを、 私は、どんな風に感じることができるだろうか」 と思い、あれこれ解釈しないで、感じるままに受け取ろうとしました。 私が一番驚いたのは、 「言葉(台詞)」と「音(ピアノ)」によるメッセージの交換が可能だと言うこと。 直接的には、お二人が交わしているわけではないメッセージの行間から、 お互いが、相手を尊重し、尊敬し、信頼していること、などが零れ落ちてきました。 心惹かれたのは、真摯に相手の表現形式によるメッセージを受け取り、 そして、自分の表現形式で真摯に応えようとされる姿勢、でした。 ピアノの音色に耳を澄ませ、じっとうつむき考える彼の姿。 その姿からは、彼女を尊敬し、その音楽に真摯に耳を傾ける、 その全幅の信頼と愛を感じる。 そんな彼の姿を、シルエットで浮かび上がらせるという照明の演出も、なかなかに憎い。 俳優の台詞を受けて、ピアノで応える。 ピアニストの指先からこぼれる音は、 どんな言葉よりも私たちや俳優に語り掛けるものがあるように感じられました。 そうやって、台詞とピアノで物語を紡ぎながら、 彼女から彼へ、彼から彼女へと相互に流れる、 揺るぎない信頼と優しく包み込む愛を感じていました。 雪割草のときでした。 俳優さんの言葉に導かれるように、奏でられる音楽を聴いていると、 青い野原にきらめきつつ輝く雪割草の群落が見えました。 妖精たちが集い、ロンドを踊っているという情景が浮かんできました。 自然と涙が滲んで来る、恍惚の、そして至福の瞬間でした。 「言葉によってイメージが喚起される魔法」 と 「そのイメージをさらに魅力的に増幅するピアノの音色の魔力」 直接的に私が受け取ったものとして、一番大きなものは、これでした。 普通に考えたら、接点はないのではないかと思われる異文化の芸術家二人。 でも、異なる「言葉」を交わしても、ちゃんとメッセージは交換できる不思議さ。 それを支えているのは、お互いの信頼感なんだなと思うのです。 こんな素敵なコラボレーションを、もっと多くの人に知って欲しい。 そう思いつつ、会場を後にしました。 2006.01.09(月・祝) 人気blogランキングへ ![]() 「ギエム最後のボレロ」の1ヶ月あまりにわたるツアーの ほぼ最後の公演を、市川まで見に行ってきました。 見終わったとき、私は解説すべき言葉を失いました。 先日のボレロとも初日のボレロとも違う。 まだ2公演を残すとは言え、 ボレロに対して、今生の別れを告げているかのようなギエムでした。 踊りつつ、周りのリズムたちに「ありがとう」を言っていたギエム。 始まりは凝視していた瞳が、ラストは歓びに満ちていた。 その影に限りない寂しさと充実感を抱きつつ。 会場を出て見上げた空には、満月が皓々と冴え渡っていました。 これでもうギエムのボレロを二度と見ることはないかと思うと、やはり寂しい。 4回観て、それぞれが違った輝きを持っていたギエムのボレロでした。 踊り終わっても、ほとんど汗を滲ませもしていないのではないか? と思えるような今夜のギエムでした。 無駄のない、削ぎ落とされた動き。 でも、それは多くのダンサーが、望んでも到達できないのではないか と思えるほどの稼動域に届く手足を持っているが故に初めて可能となる動き。 一つ一つの動きに、万感の思いを乗せて、なおかつ涼やかに。 それでも、ときおりギエムの感情がスパークする瞬間があった。 次の瞬間には、また涼やかに踊りだすのだけれど。 そして、リズムたちに差し延べる手。 その指先から、暖かな、柔らかなものが流れ出す。 慈愛に満ちた女神のようだった今夜のギエム。 髪の毛を振り払う場面でも、今夜はちょっと手を添えただけ。 それだけサラサラな状態のギエムだった。 なのに、あの存在感。息を飲む迫力。 だけど自然体。憎いほどに自然体。 踊り終わったときの、少女のような笑顔。 すべきことをやり尽くして、 そして自ら幕を引く。 頂点で幕を引く。 その潔さ。 でも、一抹の淋しさ。 そう、ギエムはこれからの時代の幕開けも予言(予告)している。 もう一つプログラムに入っていた作品たちを、 これからのギエムは私たちに見せてくれることでしょう。 それ故の「日本で最後のボレロ」 これからのギエムの世界に想いを馳せることにしましょう。 ただ、今夜だけは、軽やかなボレロの余韻に浸って。 2005.12.16(金) 人気blogランキングへ ![]() ギエムが今日における最高のバレエダンサーだとしても。 かつてプリマバレリーナと呼ばれていたマーゴット・フォンティーン、カルラ・フラッチ、アリシア・アロンソなどの「名花」という形容詞が相応しいダンサーたちの「品位ある踊り」にたどり着いてはいない、という思いがあった。 最高のバレリーナだというなら、いつかその境地に至ることを求められると思っていた。 でも、どんなにギエムが、技術よりも内面の表現を重要視し出したと言っても、やはり「名花たち」とは違う世界にいたのです。 どんなに逆立ちしてもギエムは「(いわゆる)名花」にはならない。 ギエムが咲かせる花は、かつて咲いたことのない花なんだ、と気付いた。 言葉少なに踊り続けるためには、並大抵の精神力、集中力では不可能。 踊ろうと思えば、いくらでも跳躍でき、いくらでも肢体を伸ばすことができる。 その肉体と技術を持った上で、言葉少なに踊る。 すると、エネルギーはダンサーの内面を目指して蓄積されていく。 青白い炎を揺らめかせながら、ギエムの命がチラチラと燃える。 静かな、でも鋭い炎となって立ち上っていくのが見えてくる。 ギエムはギエム。 他のどんな存在にもなれないし、なるべきではない。 そんな単純なことに目覚めた12月5日のボレロにて。 そんなギエムの新しいスタート、転換点に立ち会えた喜び。 これだけのボレロを踊れるのに、二度と「日本では」ボレロを踊らないのは惜しいけれど。 でも、もうだいぶ前からチュチュを着るバレエは踊っていないというギエム。 ある種、バレリーナとして踊ることを求められていた「クラシックバレエ」の演目たち。 それらだってもちろん素晴らしく、 他者の追随を許さないレベルで踊って見せていたギエムでした。 それでも、いつも、どこか、違和感があった。 ギエムがそれらのタイトルロールを踊るとき、 そこにいるのは、オデット姫やオーロラ姫、ジュリエットやルキヤではなく、 どうしてもダンサー・ギエムだったのです。 要するに、ギエムが表現すべき(したい)作品というのは違うのだと思う。 ある意味では、年齢的な制限が出て来る40代になり、 ギエムは世間が期待する姿から自由になれた、そんな感じがするのです。 これからは、今回、もう一つの作品として紹介している、 コンテンポラリー作品が増えていくのでしょう。 どれだけのファンが付いていけるのか分からない。 しばらくは戸惑いもあるでしょう。 ギエムも一気にシフトするわけではないとは思う。 でも、私はギエムと向き合っていこうと思う。 せっかく同じ時代を生きているのだから。 20年前、ヌレエフのエスコートで白鳥を踊ったときから、 ずっと彼女を見ることができた。 その幸せに感謝したい。 2005.12.9 人気blogランキングへ ![]() 12月5日(月)に、「ギエム最後のボレロ・追加公演」を見に行きました。 上野に向かう途中で、ふと気付いたのですが、今回買った4枚のギエムのボレロ。 初日頃の11/18,21、中日頃の12/5(今日)、そして千秋楽目前の12/16(市川)。 そう、まるで歌舞伎の通(つう)が通うような、そんな買い方だったのです。 そして、中日5日のギエムのボレロは、初日頃のイメージから脱皮しました。 18、21日に、あまりにもさらりと踊っているように見えたのは、 実は「言葉少なに」踊っていたのではないかと思えたのです。 ボレロにおいて、「せぬ暇」という間(ま)は、実際には存在しない。 でも、今夜のギエムからは、世阿弥が言うところの「せぬ暇」を感じたのです。 世阿弥の言葉「する技に対するせぬ暇のおもしろさ」 「せぬ暇」とは演技と演技の間のこと。 動作と動作の間の動いてない間を大切にしなさいという世阿弥の教え。 踊り半ばの頃、腕を胸の前で交差しながら上を見上げるところがあります。 そのとき、ギエムは何を見つめていたのか。 私には宇宙の果てを見上げているように、聞こえた。 ギエムの声なき声が聞こえたように感じた。 そしてラスト。 終末に向かって、両手でもって、何かを手前に引き寄せるギエム。 ギエムが、宇宙全体のエネルギーを、自分の内側に凝縮させていくかのように、ぐーっと吸い寄せていくのが分かる。 それにつれて、ギエムの表情がある1点に集中して行く。 そう、あんなギエムの表情は見たことがないように思う。初めて見る形相。 大きく見開かれた目は、瞬きひとつすることなく、前を見つめる。 あたかも、ギエムがブラックホールにでもなったような錯覚。 ドンの、すべてを周りに開放しきって、汗とオーラを振りまいて終わるボレロとは正反対。 参った、降参、お手上げ。 こんなボレロがあったんだ・・・ まったく、とどまるところを知らない、どこまでも進化し続けていくギエムに脱帽。 あの夜、初めて私は、ギエムが見せたいボレロというものを、きちんと受け取ったように思います。 そして、ギエムはギエムの道を歩き続けるのだというメッセージを。 半ば放心状態になりながら、これだけのボレロを踊れるにも関わらず、ギエムは「今、彼女が見せたい」バレエを我々に提示するために、これを最後に日本でボレロを踊るのを止めるという。 1ヶ月あまりに渡って行われる全国ツアー。 初日と中日でこんなにも違う。 さて、千秋楽頃には、どんなボレロを見せてくれるのか。 3回も見たら、人に譲ってもいいと思い始めていた12月16日のチケット。 私はぐっと握り締めて、「自分で見に行く。見届ける」、そう心に誓った帰り道でした。 私の本質的な部分は、ドンのボレロに共振する。 でも、別な側面で、この日のギエムのボレロに震撼した。 「せぬ暇」をギエムにしてやられるとは思いもしなかったけれど、やはり道を究めた人だけがたどり着ける境地なのかもしれない、いや、洋の東西を問わず、きっとそうなのだろう。 世阿弥は偉大だ。 2005.12.9(金) 人気blogランキングへ ![]() 12月1日、浜離宮朝日ホールで開かれた姜建華さんの浜離宮ランチタイムコンサートを聴いてきました。 2002年の2月に紀尾井ホールで初めて聴いた彼女の二胡の音色は、とても豊かなもので、紀尾井ホールという比較的小規模なホールがちょうどいい空間だと感じさせてくれるものでした。 昨年は機会がなかったので久しぶりのコンサートでした。 第一声というか、弓の一引きを聴いた瞬間に掴まってしまいました。 その瞬間に、「ああ、私はこの人が好きだ」という想いが胸いっぱいに広がりました。 おそらく、生涯一演奏者を貫くであろう彼女は、好き好んで、マイクを必要とする大ホールに出ることはないだろうと思う。 私はと言うと、バレエにおけるドンと同じように、二胡の世界で魂を揺すぶられるのは姜建華さんなんだ、ということを再認識。 コンサートを聴くのは3回目だと思うのですが、この日、私は姜建華さんという演奏家と初めてサシで向き合った気がしました。 弦楽器で言うと、ボーイングになるのでしょうね、ぐーっと弓を引いていく、その動きとともに生まれる音。 柔らかな、ゆったりとした、ずっと昔から知っているような、まるでゆりかごの中で暖かなおくるみに抱かれているような音色。 その音色がホールにふわっと広がるように頭の天辺から足の先まで神経を集中し、身体全体で、そして心で弓を引く姜建華さん。 身体全体が「私は二胡を演奏するのが大好き」と語りかけてくる。 姜建華さんの演奏に比べたら、足元にも及ばないけれど、私が歌を奉げるときと同じ魂を感じるのです。 つらいこと、悲しいこと、苦しいこと・・・様々なことがあっても、歌っているときに、自分の魂を歌に乗せることで、それらが浄化され、心が天翔けていくような感覚。 己を、目に見えぬ何かに奉げている。 たぶんミューズの神々に。 姜建華さんの演奏を観ていると、パリ・オペラ座のエトワールだったモニク・ルディエールの「パ」を思い出しました。さりげない「パ」の連続で情感を表現していたルディエールの踊りは、私にとってはどんなに正確無比なギエムの「パ」よりも心の琴線に響くものでした。トゥの先まで神経を集中することで、トゥシューズの音が消えるという。 そのダンサーの領域と、姜建華さんのボーイングが重なる。 そして、音楽に、踊りに己を奉げるものが味わうことのできるもの。 「ああ、この人は本当に音楽が、踊りが好きなんだ」と感じられる舞台。 私が愛してやまない、求めるものは、そういう舞台であり、それを感じさせてくれる演奏者であり、ダンサーであり、能楽師なんだと。 姜建華さんの弓を、身体全体を、目を、腕を観ていたら、自然と涙が溢れてきました。 「籠める息」、「開放する息」、「流れる息」、「弾む息」・・・ 「開放する息」を感じるとき、私の魂は肉体を離れて、大宇宙に漂う。 大空を舞い遊ぶ。 まるで背中に羽が生えたように。 今回、発売されたCDは、初めてスタジオではなくて、ホールで録音したと言う。 スタジオ録音の自分の演奏は嫌いで聞きたくなかったという。 しかし、ホールで録音したものは、音の広がり、響きがスタジオとはまるで違うと言う。 それを聞いて、やはりCDを求めてしまいました。 サイン会があったので、CDにサインしてもらいました。 握手した手は、とてもふっくらとして柔らかく、暖かでした。 私は、マイクを使わないで済む距離、舞台の上と真剣勝負できるものが好きなんですね。 友人が言ってくれた言葉を思い出しつつ。 姜建華さんは、自由に演奏活動ができるように日本に来たと聞いたような気がします。 中国に居たら、後輩の指導で忙殺されてしまうだろうからと。 チェン・ミンさんも、東儀さんも好きだけど、やはり純粋に演奏に奉げているという意味で、姜建華さんはドンに匹敵する存在なんだと気付いたあの日のコンサートでした。 2005.12.5 人気blogランキングへ
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